京都 金銀糸 寺島保太良商店

金銀糸について



実は非常に古い歴史を持つ京都の伝統工芸品『金銀糸』。
それは和装洋装問わず服飾デザインの世界では色彩にいっそうの輝きを与えている要素であります。
また大舞台を彩る劇場では緞帳や袖、大相撲の世界では力士が締める化粧まわしで土俵の上を飾り、
威風堂々たる輝きを添えています。
さらには日本各地で営まれているさまざまな祭りでは、
巨大な山車、神輿、だんじりに装われる懸装幕に豪華絢爛たる輝きを添えて、
たくさんの人々の目を楽しませています。
それら以外にも多くの分野で、『金銀糸』はその輝きを放っています。
 京都、祇園祭の山鉾。 『動く美術館』と称される、その巨大な山鉾にはさまざまな意匠の懸装品がかけられています。 


 愛媛県東予地方や香川県西讃地方の祭礼で多く見られる『太鼓台』『ちょうさ』と呼ばれるものです。  高さが5m強、重量が約2tと非常に巨大なものです。
 金銀糸によって全面に龍や禽類、建築物などをモチーフとして、とても厚みのある立体刺繍が施されています。。

『金銀糸』は本金箔や金属蒸着フィルムを細く裁断し、
それを芯糸(主に絹糸、ポリエステル糸やレーヨン糸)にらせん状に寄り付けたものです。

このページでは、当店の取り扱っている『金銀糸』
どのような種類があり、どのように作られ、どのような特徴があるのか。
そういった事をご紹介して参ります。


主な金糸銀糸の使用用途
○ 洋装、和装、服飾関連のデザイン意匠。ならびにファッション関連小物品。
○ 祭礼装飾品、懸装品などの織物、刺繍意匠。
○ 学校校旗、大会旗などの旗刺繍意匠、またはその付属関連品。
○ 法衣、仏具関連品
○ 水引による装飾品、細工品、その材料等。


本金糸

ソフト金 ソフト紛い金(純銀蒸着金糸)

アルミ金 ニュー金(アルミ蒸着金糸)


金銀糸のルーツについて

 金銀糸がいつから存在していたのか? 詳しい資料は残念ながら残っていないそうです。

 ヨーロッパではローマ帝政時代に、中国では初唐時代にはすでに金銀糸が存在していた痕跡があるようです。 
 
 日本では滋賀県甲山古墳から出土した金糸のかけらが、国内で最も古い金糸だとされているそうです。
 6世紀ごろの遺跡だといいますから、縄文時代後半から弥生時代にかけての年代でしょうか。
 身分の高貴な方の装束の飾り刺繍に用いられていたようですね。

 おそらく、ヨーロッパからシルクロードを伝って、中国、朝鮮半島、日本まで伝わってきたのでしょう。

 1500年〜2000年間にわたって金銀糸の文化が育まれていることを思うと、悠久のロマンを感じます。 


金糸の太さの番手表記について

金銀糸の太さの番手を表す表記としては『掛』(かけ)という単位で用いられています。
細い番手から順に一掛(いちかけ)、二掛(にがけ)、三掛(さんがけ)・・・といった具合に順に太い番手になっていきます。
「掛」は一束(そく=長さ)一匁(もんめ=重さ)が一掛です。
一束とは糸枠・四尺二寸(1.27m)百回転させて仕上げさせたものです。一匁は尺貫法で、およそ3.75gです。
 ですから、およそ127mで3.75gのものが一掛です。以下127mで7.5gのものが二掛となります。

特に太い番手について、私どもの間や、あるいはお付き合いの長いお客様の中には
十四掛のことを『無頭』 (ずなしと読みます)
十六掛のことを『大無頭』 (おおずなし、略して『おおず』ということもあります)
十八掛のことを『大大無頭』 (だいだいずなし、おなじく略して「だいだい」ということもあります)と呼ばれることがあります。

随分昔からそのように表現されていますが、なぜそのように呼ぶのでしょう?
じつは詳しくわかっておりません・・・。またしらべておきます・・・。

漢字の読ませ方が古文的な独特の言い回しで、興味深く感じますね

織物や組紐、刺繍などさまざまな技法、使用法、または作品、製品によって使われる太さは千差万別です。

当店ではほとんどの本金糸、ソフト金糸に関して、一掛から十八掛までの太さをとりそろえております。
(※色目によってはすべての太さの番手が揃わない場合がございます。
詳しくは『商品のご紹介のページ』をごらん頂くか、直接当店までお問い合わせくださいませ。)

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